伝藤原行成
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見ぬ世の友 |
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見ぬ世の友 130 伝藤原行成筆 堺切 銀砂子散紙本墨書 25.2×16.1 平安
堺切は「和漢朗詠集」巻上春・雨部の断簡で、堺の某氏旧蔵ということでこの名をつけたものであろうか。もとは巻子本。白地の斐紙に天地に墨で横罫をひき、銀砂子をあらく撒いている。摘句は七言二句一行書き、和歌一首は二行に書いている。漢字は、点画に力強さはないが、字形は整斉にして平明温雅な風である。また仮名の線は、筆がよく暢達している。藤原行成(972−1027)の筆跡と伝えているが、何の確証もない。書写年代はもう少し下るであろう。
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見ぬ世の友 |
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見ぬ世の友 131 伝藤原行成筆 式部切(和泉式部続集切)紙本墨書 20.2×18.6 平安
「和泉式部続集」下巻の断簡で、古筆家の付箋には式部切と書かれているが、ふつう和泉式部続集切と呼ばれるもの。「増補古筆名葉集」権大納言行成卿の条に、"四半、和泉式部家集、哥二行書、虫喰多シ"と記載されるものに相当しよう。もとは冊子本で、この断簡は白地の斐紙。三・四行目の中間に折れ筋があり、左右相称の虫喰いの跡が見えるので、ちょうど胡蝶装の内側の見開き部分と思われる。一面七行書き、和歌一首は二行書き。クルクルと筆を回転し、かなりの早書きであるが、筆意は息が長く、よく暢達している。線は細いが、筆の跡が鮮やかに映えた歌切で、筆者を藤原行成というが、もとより根拠のないことである。
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藻塩草 |
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藻塩草 132(裏15) 和漢朗詠集巻下断簡(法輪寺切) 伝(藤原)行成筆 飛雲羅文染斐紙墨書 27.3×15.7 平安時代後期
和漢朗詠集巻下雑部「雲」の断簡。『増補古筆名葉集』の権大納言行成(973〜1027)の条に「法輪寺切、巻物、朗詠、浅黄帋、キラ砂子飛雲アリ」とある。もとは巻子装、雁皮質の淡藍色の染紙に、紫と青との羅文の飛雲を漉き込み、全体にこまかく雲母箔が撒かれ、それに一行15〜16字程度で書写してある。この羅文の飛雲は全くこの切独特のものである。現在知られているのは下巻の断簡ばかりで、しかも数が少ない。上巻はよほどはやい時期に亡失してしまったのであろう。「法輪寺切」との呼称の由来は、京都の法輪寺あたりに伝わったためではなかろうか。書風は「高野切」第三種の系統で、御物和漢朗詠集(粘葉本)や、「伊予切」和漢朗詠集第一種が、非常によく似ていて、典麗、高雅の風がある。現存するものは少なく平安時代の名蹟として古来その評価は高い。
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藻塩草 |
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藻塩草 133(裏16) 人麿集下断簡(室町切) 伝(藤原)行成筆 金銀箔散下絵染斐紙墨書 20.0×15.8 平安時代後期
『増補古筆名葉集』の権大納言行成(973〜1027)の条に「室町切、四半、飛雲帋、金銀砂子銀泥ノ下画、スゝキ松唐草楓萩藤小鳥アリ、哥仙家集ノ哥二行書」とある。これは西本願寺本三十六人家集の一本である「人麿集下」の断簡である。もとは粘葉装、雁皮質の染紙に一面に金銀砂子を撒き、銀泥で、草花、小鳥などを下絵し、それに一面12行書、和歌一首2行書してある。「室町切」という呼称の由来は明らかでないが、おそらく、もと室町将軍家に伝来したためであろう。この「人麿集」は桃山時代に西本願寺より流出分割されたと考えられ、今日知られているのは、この一葉と他に一葉、歌数にして十二首現存するのみである。現在の西本願寺本三十六人家集のうちの「人麿集」は後の補写本であり、この切は、「人麿集」の原本断簡としてすこぶる貴重である。この「人麿集」と同筆と思われるものに、伝藤原佐理筆「筋切本古今集」、伝源俊頼筆「巻子本古今集」、「元永本古今集」、伝源俊頼筆「後撰集切」、同「下絵拾遺集抄切」などがある。筆者も確実なことはわからないが、藤原定実筆との説以外に、有力な反論は出ていない。
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翰墨城 |
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翰墨城 176 伝藤原行成 尾形切
「本願寺本三十六人家集」の「業平集」の断簡。もとは粘葉装の冊子本であったが、この「業平集」はすべて断簡として九葉が現存するのみ。「尾形切」の名は光琳・乾山の父である尾形宗謙の愛蔵にちなむといわれている。「三十六人家集」中の「素性集」と同筆であり、「翰墨城」では藤原行成(972−1027)を筆者としているが、手鑑によっては、藤原公任(966−1041)筆とするものもある。しかし、全三十九帖のうち、三十二帖が平安時代の書写であり、他ははるかのちの江戸時代の補写になる。この断簡は胡粉による白具引き地に、銀泥で蝶・小鳥・折枝の装飾下絵を描いた唐紙に、ゆったりとした、しかも強い線で書かれ、とりわけ連綿が美しい。巧みというより、なによりも格調高いこの書風は、料紙とともに王朝貴族の美意識を遺憾なく発揮している。
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翰墨城 |
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翰墨城 177 伝藤原行成 尾形切
「業平集」の断簡。現存する九葉のうちの一つ。この切の料紙も、装飾下絵として蝶・小鳥・折枝が描かれ、いかにも典雅な情趣をたたえている。また、仮名の連綿と墨継ぎが、両々相まって限りない美しさをみせている。
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翰墨城 |
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翰墨城 178 伝藤原行成 唐紙経切
写経断簡。何経の断簡かなお後考を要する。『古筆名葉集』に「経切 香色・或ハ雲帋墨字」とあり『増補古筆名葉集』に「経切 白帋香色雲帋浅黄金砂子等アリ墨字」とある。これは色唐紙を継いだもので、この部分は榿と白、巻子本の断簡。書風は優雅だが、伝称の行成の時代よりはやや下り、12世紀初めごろの作品と思われる。
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翰墨城 |
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翰墨城 179 伝藤原行成 猿丸集切
数少ない『猿丸集』の断簡。もとは胡蝶装の冊子本。料紙は藍紙に金銀砂子を撒いているが、他に打曇、または素紙のものもある。一面7行、和歌一首2行書きである。筆者を藤原行成と伝えるが、その書風より推して時代はもう少しあとで、11世紀後半のものと推定される。
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翰墨城 |
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翰墨城 180 藤原行成 白氏文集切
『白氏文集』巻第六十三の断簡。「詠史」「因夢有悟」に続く詩題「春遊」の八行分。もとは巻子本。料紙は素紙。なんの飾り気もない平明な書風が展開しているが、端正な字形、緩急・抑揚の自在な運筆、その優雅な趣はまさに平安朝ならではのもの。古筆家は藤原行成の筆跡と鑑定したが、これは信じてしかるべきもの。現存する「白氏詩巻」「書状」との比較において、行成真筆であることは明々白々である。この手鑑中にあって、屈指の優品ということができよう。
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翰墨城 |
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翰墨城 191 伝藤原行成 針切
『相模集』及び『源重之子僧集』の合冊の断簡。世に伝藤原行成(972−1027)筆の「針切」と呼ばれるものの一葉。別に同じ断簡で筆者を源道済としているものもあるが、これは伝源道済筆「小堀切」と書風が類似するために、誤って伝えられたと考えられる。「針切」の名は、筆の穂先を鋭く利かせた、繊細でありながら転折のはっきりした筆致が、あたかも針の先を思わせることから名づけられたもの。また、1ページに11行、一行に20字以上もの小さな字粒を重ねるのもこの筆者の特徴であり、連綿が巧みで縦の気脈がみごとに貫かれている。『源重之子僧集』の末尾に、「こなたはしけゆきのこのそうのしふなり仁口」の奥書があり、この「仁口」が筆者と推定される。あとの一字が虫損で判読を妨げるが、「与」とも読まれ、おそらく僧侶の名であろう。その書風からみても、また歌集が行成よりのちの相模の家集を含むことからも、行成の真筆とはいえない。平安末期、およそ11世紀の末ごろの書写になると思われる。
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